あきべえの、
(^-^)なコラム日記!
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イギリスより過ごしやすいパキスタン
「パキスタンはいたって平和。みんないつも通り仕事に行っているよ。
みんなシャリフ政権には不満を持っていたからね。軍がクーデターを
起こしてくれて喜んでるよ。」
*
学部生の時は、ベッドがすぐ横にある寮の自室か、なぜか友達と出会
ってしまう図書館でしか勉強することができませんでした。それと比
べて大学院生の身分は天と地ほど違い、“研究室”というものが与え
られます。(もちろん大学・学部によって待遇は違いますが、少なく
ともダーラム大学物理学部博士過程の学生には研究室が与えられ、僕
などはそこのコンピューターを使ってコラムを書いているわけです。
ちょっと職権乱用?)
で、上記の言葉はこの研究室にいるパキスタン人の発言。僕の「クー
デターがあったみたいだけど家族は大丈夫?」との問いに答えたもの
です。
彼はパキスタンで生まれ育ち、16歳の時にイギリスに来て、高校・大
学・大学院をでて今はポスドク(post-doctor:博士号をすでに持っ
ている契約研究員)をしているという教養のある人。イギリスでもう
何年も働いているので英国国籍も取得し、うらやましいぐらい奇麗な
妻(めーさんにはかなわないかなぁ、とフォロー)と2人の娘と共に
ダーラムに暮らしいます。
*
≪写真:ダーラムにあるパキスタン人の雑貨屋さん≫
イギリスには多くのパキスタン人が住んでいます。パキスタン人の雑
貨屋さんやタクシー運転手など、イギリスに住んでいる人だけでなく
旅行した人も何度もお世話になっているはずです。なぜイギリスにそ
んなにパキスタン人がいるのでしょうか?
それは工業大国であったイギリスが第2時世界大戦でたくさんの労働
力を失ったため。イギリス政府は安い労働力を確保するため、植民地
だった国々の人はビザなしでも渡英できるようにしたそうです。
留学生がもっとイギリスの大学に来てくれるよう(=高い学費を払っ
てくれるよう)に、イギリス政府が「留学生は許可なしでアルバイト
できる」ようにしたのと似ていますね。
貧しい農村部のパキスタン人達は土地を売ってイギリスに渡り、きつ
い工場仕事をして稼いだお金で国にいる家族を養うようになりました。
彼らは工場の多いイングランド北部、特にリーズに近いブラッドフォ
ードに集まってパキスタン・コミュニティーを形成。こつこつお金を
ためて郊外に家を買い、家族を呼び寄せることができるほどまでにな
りました。
しだいにイギリスの工業力が弱まり、働いていた工場が次々に閉鎖さ
れると、失業した彼らは雑貨店を経営したりタクシーの運転手をしだ
し、全国に散らばっていくようになったそうです。
24時間営業の店がないダーラムでも、唯一夜遅くまで(日曜日でも!)
開いているのがパキスタン人の雑貨店。大学生協(Students Union)
の真っ正面にあり、小さなお店には所狭しとなんでもそろっています。
営業成績もよいようで、繁盛しています。“Dunelm Food Store”と
いう正式名がありながら「おじさんの店」・「インド人の店(本当は
パキスタン人なのに!)」・「パキ」と呼ばれ、親しまれて(!?)
います。
*
≪写真:ここでストレスがたまるの!?真ん中にダーラム大聖
堂。≫
「イギリスの方が暮らしやすいからパキスタン人がいっぱい移住して
きたんでじょ?」
「いやいや、パキスタンはイギリスと違ってゆったりしているから。
せかせか働かなくても暮らしていけるから、ストレスもたまらない。
パキスタン人の多くは国を出たいだなんて思ってないよ。」と同研究
室のパキスタン人。
イギリスでストレスがたまる!?日本はどうなるのか・・・
あきべえ
◆関連サイト◆
●British Pakistani culture【英語】
●
生まれながらの不幸を抱えた国、パキスタン -- 田中宇氏によるパキスタン
記事
◆人名・地名の紹介◆
あきべえ:在英8年目。液晶研究のたまご。クリスチャンのたまご。
めーさん:もと奈良市役所のおねえさん。国民年金のプロ。
恵花(あやか):12ヶ月。お風呂が大好き。部屋荒らしのプロ。
ダーラム:イギリス北部の小さな大学街。世界遺産の大聖堂あり。
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