あきべえの、
いぎりす大学院留学にっき!
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なぜあきべえはクリスチャンになったのか (上)

今回はなぜ僕がクリスチャンになったのかということを2回に分けて、 お送りしたいと思います。非常にプライベートなエピソードなので、こ うして皆さんと分かち合うべきかどうか(1年ほど)考えてきましたが、 これを通して少しでもキリスト教を身近に感じることができればと思い、 キーボードをとりました。

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僕は5歳でアメリカに、11歳でインドネシアに住むという恵まれた環境 で育ちました。

しかしインドネシアから日本に帰ってきた直後、感染病(腸チフス)と 全身麻痺(ギランバレー)の2つの病気に同時にかかりました。高熱の もと意識不明になり、救急車で病院に担ぎ込まれました。目が覚めてみ ると、口から下はまったく動かず、歩くことはもちろん、トイレに行く ことも、話すことも、自分の唾さえ飲み込むこともできない状態でした。 感染病だったので隔離され、病室から本を持ち出す時などは1ページ1 ページいちいち紫外線殺菌をしなければならないほどでした。お医者さ んには「前例がないから、治るかどうかわからない。」と言われ、一生 車椅子生活を覚悟していましたが、お医者さん・看護婦さん・リハビリ の先生方の励ましの中、どんどん回復へと向かっていきました。寝返り がうてるようになり、声が出るようになり、歩けるようになり・・・今 では日常生活に支障のないまでに回復しました。

この恵まれた出来事のおかげで、それまでサッカー&テニス一辺倒だっ た僕も「生きるとはどういうことか?」と自問するようになりました。

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その後、イギリス留学、ダーラム大学入学と調子良く進んでいき、自問 するのを忘れたころ、大学で3年に1度の「キリスト教週間」が催され ました。自称「いいひと」であった僕は、同じ寮に住んでいた友人の誘 いに断りきれないまま数々の講演やイベントに出席してしまい、生まれ て初めてキリスト教にふれました。

その頃から不思議とキリスト教徒の友人が増え、親友がキリスト教徒に なるのを目の当たりにしたりもしました。ただ、その頃の僕は偽善・洗 脳・戦争というイメージのある「宗教」には懐疑的で「自分には関係な い」と思っていました。

大学を卒業し、1年後にダーラム大学院に戻ってくる目途を立てて、日 本に帰国。1年間、社会勉強のためシャープでプログラムや翻訳の仕事 をするかたわら、その時知り合った現在の妻と付き合い始めるようにな りました。

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大学院のためイギリスに戻る1ヶ月前、内閣府の青少年海外国際交流事 業に参加するという恵みに預かり、皆さんの税金を使って中東のヨルダ ンに行きました。そこで死海・紅海・シナイ山など聖書に出てくる場所 行ったことでキリスト教に対する興味がどんどん膨らんでいきました。 「もし自分が信仰を持ったらこんな人になりたいな」と思わせてくれる ようなイスラム教徒にも出会ったことで、「イスラム教徒は天国に行け るのか?」などの疑問もどんどん湧きあがり、初めて聖書の中身を真面 目に勉強しようと思うようになりました。

博士号のためダーラムに帰って来ると、神学部の日本人クリスチャンに 「毎日曜日の礼拝後にお昼ご飯を食べに来ないか?」と言われ、日本食 目当てに(?)毎週彼の家におじゃまするようになりました。将来牧師 になるという彼は僕の聖書に対する疑問や反発に一つ一つ丁寧に答えて くれ、僕の聖書に対する偏見はどんどんなくなっていきました。こうし た理性的な知識の下積みが固められていくうちに、“戦争や飢餓、差別 など、この世の悪いことの根元は宗教(ましてや神さま)にあるのでは なく、人間の自己中心的な心にある”ということもわかってきました。

この時に僕の人生を変える事件が有りました。(つづく)

◆人名・地名の紹介◆
あきべえ:在英8年。ダーラム大学院生。クリスチャン。
めーさん:在英1年。ハウス・マネージャー(平たく言えば専業主婦)
恵花(あやか):17ヶ月。ヨーグルト・モンスター。
ダーラム:イギリス北部の小さな大学街。世界遺産の大聖堂あり。

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